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大阪地方裁判所堺支部 平成8年(ワ)209号 判決

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

理由

【事実及び理由】

第一  請求

被告らは原告に対し、連帯して、金一〇〇万円及びこれに対する、被告山本好隆については平成八年三月三日から、被告堺市については平成八年三月五日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二  事案の概要

一  本件は、堺市立庭代台小学校が「花いっぱいコンクール」において最優秀賞を受賞したことについて取材を申し込んだところ、右小学校の校長である被告山本から取材を拒否された原告が、被告山本の右取材拒否は、原告の取材の自由を侵害し、不法行為に当たると主張して、被告らに対し、その損害の賠償を求めた事案である。

二  前提事実(証拠を挙示していない部分は当事者間に争いがない。)

1 当事者等

(一) 原告は、「泉北コミュニティ」の名称で、地域密着型の新聞(以下、これを「原告紙」という。)の発行等を業とする会社である。その取材及び記事の対象地区は、主に、泉北ニュータウン及びその周辺地域である。原告紙は週一回の発行で、発行部数は約五万九〇〇〇部とされ、泉北ニュータウン地区においては、各戸に無料頒布しており、それ以外の地域では希望者に対して有料(一部一〇〇円)で販売している。原告の収入は、専ら、泉北ニュータウン地区を中心とする企業からの広告料である。

(二) 被告山本は、泉北ニュータウン内にある堺市立庭代台小学校(以下「本件小学校」という。)の校長職にある地方公務員である。

(三) 被告堺市は本件小学校を設置する地方公共団体である。

2 事実の経過等

(一)(1) 原告は、平成七年一一月九日発行の原告紙に、泉北ニュータウン内の庭代台地区の自治連合会にかつて内紛があり、その際、同会役員を批判するいわゆる怪文書が頒布されていた旨の記事を掲載した。

(2) 原告は、平成六年一一月一七日、同年一二月二二日、平成七年六月一日発行の原告紙に、堺市の学校給食調理員等への人件費の支払等が税金の無駄遣いである旨の記事を掲載した。

(二) 原告は、本件小学校が「花いっぱいコンクール」において最優秀校に選出されたことについて取材するため、平成七年一一月二九日、学校担当記者青木幸子(以下「青木」という。)が本件小学校を訪問した。

これに対応した被告山本は青木に対し、原告からの取材に応じられない旨を告げ、青木からの「花いっぱいコンクール」に関する取材に応じなかった(以下、これを「本件取材拒否」という。)。

当日、青木が予定していた取材は、本件小学校が「花いっぱいコンクール」で最優秀校に選ばれたことについて、校長である被告山本及び同人を通じて担当の先生と児童からコンクールヘの取組み、最優秀校に選ばれた喜びなどを聞き、花壇の撮影などを行なう、というものであった。

(三)(1) 青木から、被告山本より取材を拒否された旨の報告を受けた原告の編集部長松本泰(以下「松本」という。)は、平成七年一二月一日、あらかじめ被告山本に対して取材拒否の理由を伺いたい旨を電話連絡した上で、本件小学校を訪問し、教頭同席の上、一時間ほど被告山本と面談した。

(2) 松本から本件取材拒否の理由を問われた被告山本は要旨以下のとおり述ベた。

<1> 松本記者の怪文書の記事は誠に残念。三流、四流の週刊誌と同じだ。品のない記事が基調になっている新聞に、子供たちの神聖な活動を載せてほしくない。

<2> コミュニティの姿勢が改善されるまで、子供たちに励みになるような(庭小の)記事が犠牲になるが、それまで学校取材を断る。

<3> 怪文書の記事は、僕らが取り組んできた地域との連携をぶち壊す。自治会の内政干渉だ。事実関係は知らない。

<4> (給食調理員に対する記事は)一定の問題提起があり、公務員として気付かないかんところもある。しかし(調理員さんらが)もっと頑張っているゾと書いて励ますのがマスコミの姿勢だ。全体像を伝えておらず、心外な点がある。松本記者の記事は、かねがね好感をもっていなかった。

被告山本が取材を拒否した理由は、要するに、「平成七年一一月九日付けの原告紙の庭代台地区の自治連合会に関する記事は、大変センセーショナルで、児童の心を暗くし、地域の活動を阻害し、また、他の校区の住民が庭代台校区に対して偏見をもつようになる記事であり、そのような記事と子供の神聖な活動(花いっぱいコンクールこと)の記事を一緒に載せて欲しくなく、校長として児童、地域を思う気持ちから取材を拒否した。原告紙は各戸に無料で頒布される上、反論の機会も保障されていないので、記事に対して意見を表明するには取材拒否という方法しかなかった。」ということである。

(3) 被告山本は、同日、松本から給食調理員の問題について質問を受けたが、これに対し、自己の見解を述べる形で応答し、その点に関する取材には実質的に応じ、さらに、松本に給食調理の現場を見て欲しいといって給食場を案内しようとしたが、松本はそれを断った。

(四) 原告は平成七年一二月一八日、堺市教育長宮崎猛あてに抗議書を提出し、本件取材拒否について抗議するとともに、改善指導を要請した。

これに対し、宮崎教育長は平成八年一月一二日、被告からの抗議書に応答し、適切な情報提供に努めるという基本姿勢で指導していく旨回答した。

(五) その後、原告は本件訴訟を提起した。

本件訴訟提起後、被告山本は堺市教育委員会の人と共に、原告代表者と面談し、「今後、取材拒否はせず、取材に協力する。」旨告げた。

(六) 原告は平成八年九月ころ、本件小学絞の児童が堺市の学校理科展に入賞したことについて取材しようと考え、学校担当の長谷川記者が被告山本に取材を申し込んだところ、被告山本は現在訴訟が係属中であるので、双方とも代理人に相談してから対応を検討したほうがいいのではないかと提案し、その場で取材に応じる旨の返答はしなかった。その後、原告から改めて取材の申込みはなかった。

以後、原告から被告山本及び本件小学校に対する取材の申込みはされていない。

三  原告の主張

1(一) 報道のための取材の自由は、憲法二一条によって保障された権利であり、公権力は報道機関の取材に対し、正当な理由がないかぎり、取材を拒否することは許されない。

(二) 被告山本は、何ら正当な理由なく原告の取材を拒否した。

すなわち、被告山本が取材を拒否した理由は、前記二2(三)(2)<1>ないし<4>記載のとおりであるが、右は取材を拒否する正当な理由ではなく、本件取材拒否は違法である。

(三) また、被告山本は、自己の教育観に合わないとの理由により、本件取材拒否に至っており、これは、思想、信条を理由に不利益な扱いを禁じた憲法一九条、一四条に反し、違法である。

2(一) 被告山本の本件取材拒否は故意に基づくものであり、被告山本は民法七〇九条により、原告が被った損害を賠償すべき義務がある。

(二) 被告山本の本件取材拒否は、小学校の校長としての職務行為として行なわれたものであるから、被告堺市は、国家賠償法一条一項により、原告が被った損害を賠償すべき義務がある。

3 学校に関するニュースは、地域住民にとって重要かつ関心の高いものであるところ、本件取材拒否により、原告は本件小学校につき、学校行事、児童生徒のクラブ活動の状況その他学校での出来事など一切の事項について取材し報道することができなくなり、文字どおりのコミュニティ紙として地域ニュースを地域に報道するという原告紙の機能と役割を十全に果たせなくなった。

その不利益を金銭に評価するならば金一〇〇万円を下らない。

4 よって、原告は被告らに対し、民法七〇九条及び国家賠償法一条一項に基づく損害賠償として、連帯して、金一〇〇万円及びこれに対する、被告山本については訴状送達の日の翌日である平成八年三月三日から、被告堺市については訴状送達の日の翌日である平成八年三月五日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

四  被告らの主張

1 原告の主張には何ら法的根拠がない。

すなわち、原告はその主張の論拠として、<1>、憲法二一条違反、<2> 憲法一九条、一四条違反の二点を挙げているが、一般的に憲法の各規定から直ちに貝体的な請求権が発生しないことに照らせば、原告の主張は失当である。

また、本件のごとき取材の自由の権利性、当否等を論ずる場合には、いわゆる教育作用は公権力の範囲に含まれないと解すべきであり、国家賠償法を根拠とする原告の主張は理由がない。

2 被告山本の原告側に対する取材拒否理由説明の具体的内容、同説明のために費やした時間、取材拒否が校長個人のそれも一回限りかつ「花いっぱいコンクール」関係事項に限定されたものであること、また、各教諭等への取材拒否にまで言及したものでないことなどの諸事情に鑑みれば、原告主張の「正当な理由」がある。

3 そもそも、被告山本に対する請求は、公務員の個人責任を追求するものであるが、国家賠償法においては、公務員個人の責任は認められないのであり、理由がない。

五  争点

1 本件取材拒否が違法かどうか。

2 被告山本の責任の有無

3 原告の損害額

第三  争点に対する判断

一  争点1(本件取材拒否が違法かどうか)について

1 この点に関し、原告は、取材の自由は憲法二一条によって保障されていること、そして、本件取材は小学校への取材であり、いわゆる公的機関には、報道機関の取材に応じる義務があり、正当な理由がないのに取材を拒否することはできないのであって本件取材拒否は正当な理由がなく違法であると主張する。

2 そこで検討するに、「報道機関の報道が正しい内容をもつためには、報道の自由とともに、報道のための取材の自由も憲法二一条の精神に照らし十分尊重に値する」(最高裁大法廷決定昭和四四年一一月二六日・刑集二三巻一一号一四九〇頁)ことはもとより当然である。しかし、右にいう取材の自由とは、報道機関の取材行為に介入する国家機関の行為からの自由をいうにとどまり、それ以上に、取材を受ける側に法的義務を生ずるような取材の権利をも当然に含むものではない。右の理は、取材対象が国、地方公共団体などの公的機関の場合も同様であり、取材の対象たる当該公的機関所属の公務員にその取材への応諾義務を課すという意味での取材の権利が、報道機関に対し、憲法上保障されているものではない。したがって、国、地方公共団体などの公的機関を対象とする取材活動に対し、その所属公務員が取材に協力しないこと、取材を拒否することを目して直ちに取材の自由を制約する違法なものと観念することはできない。

この点につき、原告は憲法二一条から直接に取材の権利及び公的機関に取材に応じ、情報を提供すべき義務が導き出されるかのように主張するが、法律の制定を待たずに、憲法二一条から直ちに情報開示請求権を認めたり、公的機関に取材への応諾義務、情報開示義務を課すことはできない。

そうすれば、取材対象が公的機関であったとしても、立法措置により情報開示が法的に義務づけられていれば格別、そのような措置が講ぜられていない場合には、取材契約が締結されていたり、取材拒否を越えて積極的に取材を妨害したり、取材拒否の態様が刑罰法令に触れるなどの特段の事情のないかぎり、報道機関からの取材の申込みに対して当該機関所属の公務員が取材を拒否すること自体が直ちに違法になることはないと解するのが相当である。

3 そこで、本件について検討するに、前記第二の二の前提事実のとおり、被告山本は原告からの取材の申込みに対し、その取材を受けることを単に拒否したにすぎず、それ以上に積極的に原告の取材を妨害したなどの事実は認められないのであるから、その拒否の理由を問うまでもなく、本件取材拒否が違法であるとはいえず、その他に本件取材拒否を違法としなければならないような右特段の事情を認めるに足りる証拠はない。

なお、原告が主張する被告山本の憲法一九条、一四条違反をいう点については、結局、本件取材拒否の理由の不当性をいうに尽きるから、右で説示のとおり失当というべきである。

よって、被告山本の本件取材拒否は違法であるとはいえない。

二  争点2(被告山本の責任の有無)について

原告は被告山本個人の責任を民法七〇九条に基づいて求めているが、公権力の行使に当たる国又は地方公共団体の公務員が、その職務を行うについて、故意又は過失によって違法に他人に損害を与えた場合には、当該公務員の所属する国又は地方公共団体がその被害者に対して賠償の責めに任ずるのであって公務員個人は民法七〇九条の責任を負わないと解するのが相当であるから(最判昭和五三年一〇月二〇日・民集三二巻七号一三六七頁)、原告の被告山本に対する請求はそもそも理由がない。

三  以上の次第であって、原告の本訴請求は、その余の点につき判断するまでもなく、いずれも理由がない。

(裁判長裁判官 鎌田義勝 裁判官 島川 勝 裁判官 川上 宏)

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